パートナーシップの振り返り5 産後うつになった話

みなさんこんばんは。

(ていうかもうおはようだな)

カウンセラーになるための勉強中の

「しゅうこ」です。

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このブログでは、

【3ヶ月先まで予約のとれないカウンセラー

根本裕幸さん】

心理カウンセラー根本裕幸オフィシャルブログ
3ヶ月先まで予約の取れない心理カウンセラー根本裕幸(ねもとひろゆき)が結婚、恋愛、ビジネス、家族の問題を心理学で解決。

が提供されている「お弟子さん制度」で

考えたこと、学んだことを、

私なりの言葉でお伝えしていきます。

(このブログでいうカウンセラーは

2019年に国家資格になった公認心理師や、

民間団体が行っている心理系の資格を持つ方々

ではなく、

広い意味のカウンセラーを指しています。)

 

***

お弟子さん制度4月度に、

「パートナーシップについて振り返ってみよう」

という課題があり、

 

5月度の課題で、

「家族、パートナーシップ、仕事について

振り返った内容をもとに、自分の才能や魅力を

カウンセラー目線で考えてみよう」

という課題が出たので、

パートナーシップの振り返りをしています。

 

***

前回のブログでは、妊娠中に夫婦関係が変わり、

私がモラハラを働いていたことを書きました。

普段いい子ちゃんで大人しく、

落ち着いて見られることが多いので、

モラハラ行動を書くのは勇気が要りました。

 

それでもお弟子さん仲間が受け止めてくれて、

「ありがたいなぁ」とか

「カウンセラー(になろう)っていう人は

器が広いなぁ」

としみじみ感じています。

ありがとう。

 

今日は私が経験した、産後うつのお話です。

 

***

妊娠中は体調を崩しがちで、

夫に様々なイライラをぶつけながらも、

何とか十月十日を乗り切り、

無事、子どもを出産することができました。

出産予定日を1週間過ぎても生まれてこず、

陣痛促進剤を使っても丸一日生まれてこず、

だったこともあり、

初めて赤ちゃんを抱いた時は、ただただ

「無事に生まれてきてくれてよかった。

ホッとした。」

と感じたのを今でも覚えています。

 

ですが、出産後は女性ホルモンの激減により、

うつ状態となりました。

 

最初に自分の異変に気づいたのは

産後3日目辺り。

赤ちゃんが泣くことに対して

異常に不安を感じたことがきっかけでした。

 

頭では

・赤ちゃんは泣くのが仕事

・赤ちゃんは言葉が喋れないから

泣いて意思表示しているだけ

・私は今まで子どもを育てたことがないから、

赤ちゃんの気持ちがすぐに分からないことや、

育児が上手くできないのは当たり前

 

と分かっているのですが、何故か

「赤ちゃんが泣いたらどうしよう」

という漠然とした不安を抱くようになりました。

この時は、

「出産したばっかりだし、そのうち慣れるだろう」

と思っていたのですが、

病院を退院して自宅に戻り、

赤ちゃんと二人きりで過ごすようになると、

ますますその傾向が強くなりました。

 

我が子は、

生まれて2週間ほどは寝てばかりで、

目覚めた時やお腹が空いた時に泣く程度

だったのですが、

急に頻繁に泣くようになりました。

母乳やミルクをあげても、

オムツを変えても、

一向に泣き止まなくなりました。

(この頃ネットで調べまくった限りでは、

生後2週間目の状態として

一般的なことのようです。)

 

この頃には、

・赤ちゃんは周りに危険がなければ、

しばらく(30分くらい?)は

泣きっぱなしでも大丈夫

と理性で自分を落ち着けようとしても、

 

・赤ちゃんはどこか悪いんじゃないか?

・私の育児の仕方

(母乳やミルクの飲ませ方、

おしめを替えるタイミング等々)が

悪いんじゃないか?

とどんどん不安になっていき、

赤ちゃんが泣くことに怯えるようになりました。

また、

・赤ちゃんが泣くと、泣き止むまで

自分が責められているような感覚

になりました。

 

この段階で、一人で対応することに限界を感じ、

実家の両親にお願いして、

九州からはるばる関西まで来てもらいました。

 

私は両親に赤ちゃんの世話をしてもらうことや、

子育ての仕方を教えてもらうこと

を期待していたのですが、

両親は赤ちゃんの世話よりも

家事ばかりをやって、

思った通りにしてくれませんでした。

 

そこで私はキレてしまい、

それに怒った両親はその日のうちに

九州へ帰ってしました。

(今思うと、両親は初孫が産まれるのを

とても楽しみにしていて、

私が実家の近くで出産することを望んでいました。

 

私はそれがとてもうっとおしくて、

連絡を無視し続けていました。

 

そんな私が、産後急に頼ってきたので、

複雑な思いを抱えながら、

関西まで来てくれたんだと思います。

 

そして、両親なりに助けになろうとしたのに

キレられたので、怒ったんだろうと思います。)

 

夫は仕事で朝7時から夜10時前まで家にいない、

実家の両親には頼れない、

夫の実家もほとんど付き合いがなくて頼れない、

友達にも出産経験者がいなくて、何も聞けない、

地域には誰も知り合いがいない、

という状態になり、

ますます追い込まれていきました。

 

そんな中で、

「産後うつかも?」

という考えが頭をよぎりましたが、

眠ることができたし、

食事も普通にできたし、

産後うつのチェック項目に

「赤ちゃんがかわいいと思えない」

というのがあり、

これに当てはまっていなかったので、

専門家に相談するところまでは

至りませんでした。

 

 

ただ、状態はどんどん悪くなっていき、

産後の1か月検診の頃には、

赤ちゃんと二人きりでいること自体が

怖くてたまらなくなるように。

 

1ヶ月検診でようやく産婦人科医に

相談したところ、

精神科を受診するように勧められ、

産後うつに詳しい精神科医から

「もし実家に帰れるのなら、

帰ってゆっくりしましょう」

と勧められました。

 

実家では幼少期から長いこと、

窮屈な思いをしたり、

イライラしてきたので

大きな抵抗がありました。

でも

「赤ちゃんと自分の命を守るため」

と思い、

両親に帰って良いか相談したところ、

歓迎してもらい、

1週間後に実家に帰ることが決まりました。

 

 

私が精神科を受診した数日後、

夫は

「自分のおばあちゃんの初盆だから、

一人で九州まで帰る」

と言い出しました。

 

夫はおばあちゃんに育てられて

おばあちゃん子だったのと、

夫の実家は親戚付き合いを重視する家柄で、

その家の長男が初盆で帰ってこなかったら

非難轟々になる。

 

頭では夫が実家に帰る必要性を理解していましたが、

私は一人で赤ちゃんに向き合うのが怖くてたまらず、

前日の夜中までゴネにゴネました。

 

夫には、

順調に成長している我が子が怖くてたまらない

私の状態が理解できなかったのか、

それとも、

産前からあった試し行動や

モラハラと大差がないようにみえたのか。

結論は変わらず、一人九州に帰っていきました。

 

夫が帰省している間は、日中、

助産院(産褥期の女性をケアする施設)

にお世話になり、

なんとか乗り切ることができました。

 

 

この頃から夫に対して

「この人は、追い詰められている妻と子どもより、

実家を取るような人なんだ」

という壮絶な恨みと諦めを抱くようになりました。

(※カウンセリングでは、

「諦め=怒りの抑圧状態」と解釈します。

夫へ期待する事を辞めたふりをして、

その気持ちを抑圧していたんですね)

 

また、両親や夫の反応から

「私の周りの人は、誰も私を助けてくれない。

本当に困ったときに頼れるのはプロだけなんだ。」

という思い込みを抱くようになりました。

 

つづく

***

今回は産後うつの経験を書いてみました。

当時は不安と被害者マインドでいっぱいで、

周りに上手く助けを求めることさえできませんでした。

今の時点でも傷が癒えていない部分があり、

記事を書きながら

ちょっと悲しい思いが込み上げました。

 

ただ、

私は私の事情があって、追い詰められ、

身近な人には上手に助けが求められなかった。

夫には夫の都合や考えがあって、

私が期待するようには助けられなかった。

両親には両親の気持ちがあって、

私が期待するようには振舞えなかった。

 

というだけで、

 

「誰も悪くない」

 

と理解できるようになったのが、

心理学やカウンセリングを学んだことによる

成長かなぁ。

 

***

次回は、産後実家に帰省した時から

更に夫婦関係が悪化していったこと

について書いてみたいと思います。

***

 

ここまでお読みいただいて

ありがとうございました。

心と体をゆっくり休めてまた、

お会いできたら嬉しいです。

それではおやすみなさい。

しゅうこ。

 

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