みなさんこんばんは。カウンセラーの「しゅうこ」です。
(このブログでいうカウンセラーは2019年に国家資格になった公認心理師や、民間団体が行っている心理系の資格を持つ方々ではなく、広い意味のカウンセラーを指しています。)
今日は、オンラインカウンセリング ココロのマルシェに寄せられたお悩みに回答させていただきました。
ココロノマルシェとは、根本裕幸さんの「お弟子さん制度」を卒業したカウンセラーが、Web上で相談にお答えする無料サービスです。
ご相談はこちらからどうぞ。
田舎から上京して8年、うつ病や適応障害とコロナ禍で実家に強制帰還となりました。
うつ病や適応障害からくる無価値感と自己否定がひどく、とにかく心を休めているような状態です。
自分の感情に蓋をして生きてきたので、自分の内面を見つめ直すためにやりたいこと100リストや日記を書いたりしているのですが、どれも「誰かのため」だったりして自分がやりたいことがわからなくなってきています。
仕事でも基本的にイエスマンで出来ないことでも出来ると答えたり、人の期待に応えるためだけに働いていたみたいなので、自分の気持ちを伝えたり表現しても「他人の評価」が基準となってしまいました。
まずやりたいことリストを書くことから中々に難しい作業なのですが、書けたとしても実行する段階で
「別に自分がやらなくてもいいか…」
「自分には才能がないから…」
「他にすごい人がいっぱいいるしな…」
「自分がやらなくても誰かがやるだろう…」
など自己の無価値感からか、心からやりたいことのはずなのに急ブレーキがかかってしまいます。
何かを始めたくてもどうしても他人の評価ばかりが気になってしまいます。完璧主義的な気質もあり
「始めるからには出来る作品は妥協せず素晴らしいものでなくてはいけない」
という観念もなくなりません。また
「誰かの役に立たなければ自分の価値がない」という意識も強いです。
自分なりに頑張って作った作品も閲覧数の少なさや低評価が1つでもあるとモチベーションがなくなってしまい、結局どれも続かないことが多いのです。
自分軸で生きたいと思っていたのに、結局他人軸でしか物事を考えられないこの状況はどうしたらいいのでしょうか。
Tさん、はじめまして。ココロノマルシェにご相談いただき、ありがとうございます。
カウンセラーのしゅうこと申します。
今日はよろしくお願いします。
今回、Tさんのご相談の中で、
>自分の感情に蓋をして生きてきた
>自分がやりたいことがわからなくなってきています。
というところを読んで、
「つい最近まで、私もそうだった・・・」
と共感を覚えましたので、回答させていただきますね^_^
Tさんは、現在、
>うつ病や適応障害からくる無価値感と自己否定がひどく、とにかく心を休めているような状態
とのこと。
主治医の先生がいらっしゃって、
うつ病や適応障害を治療するための診察を受けたり、お薬を飲みながらお休みされている状況でしょうか?
これからお伝えする内容は、とにかく心を休めないといけない状況にあるTさんの健康状態や、
主治医の先生の治療方針と反する部分があるかもしれません。
もしそういった状況でしたら、ご自身の体調や主治医の先生と相談しながら進めてくださいませm(_ _)m
さて、Tさんのご相談を拝見して、3つ質問してみたいことがありました。
1つめ。
>仕事でも基本的にイエスマンで出来ないことでも出来ると答えたり、人の期待に応えるためだけに働いていたみたいなので、自分の気持ちを伝えたり表現しても「他人の評価」が基準となってしまいました。
>何かを始めたくてもどうしても他人の評価ばかりが気になってしまいます。
とありましたが、他人の評価を基準にし始めたのはいつ頃からでしょうか?
仕事では上司や同僚、お客様からの評価が業績となってお給料に反映されることが多いかと思います。働いているうちに、他人の評価が基準になったのでしょうか?
それとも、学生時代に先生やお友達等の期待に応え、評価されることが重要だったのでしょうか?
もしくは、小さい頃からご両親やおじいさん、おばあさんなどから期待され、それに応えることが当たり前だったのでしょうか?
Tさんが他人の評価を気にされるようになったきっかけを伺いたいなぁ、と思いました。
2つめ。
他人の評価を気にするきっかけとなった出来事があった時に、Tさんがやりたいことをやりたいようにやったら、どんなことが起きると思ったのでしょうか?
会社であれば、上司や周りの人からの評価が下がってお給料が下がる、周囲との連携が上手くできなくなり、迷惑をかけるといったことでしょうか?
学生時代であれば、勉強の成績が悪くなって失望される、友達から嫌われて仲間外れにされる、部活で仲間に迷惑をかける、といったことでしょうか?
小さい頃からの習慣であれば、親から怒られる、期待に応えられない自分を存在ごと否定される、といったことでしょうか?
1つめと2つめの質問は、
過去に他人の評価を気にしないといけないと感じる出来事があり、そこで感じた嫌な感情を再び感じたくないので、Tさんは今も自分の素直な気持ちが表現できなくなっているのでは?と考えての質問でした。
例えば、Tさんが小さい頃に何かやりたいと思ったことをやったら、親御さんにめちゃくちゃ怒られ、Tさんはそれを「怖い」と感じ、
二度と怖い思いをしたくなかったTさんはそれ以来、他人の評価を大切にしようと考えるようになった、とか。
ここではシンプルな例を挙げましたが、
さまざまな出来事が何層にも重なっている場合もあると思いますし、
はっきりとしたきっかけがない場合もあると思います。
カウンセリングでいろいろ伺いたい内容です。
3つめ。
この質問は前の二つと少し違うのですが。
>やりたいことリストを書けても、実行する段階になると急にブレーキがかかってしまう
とのことですが、リストに書いていることは果たしてTさんが「心から」やりたいことなのでしょうか?
これは、私自身の経験からくる質問です。
実は、私が心身ともに疲れていた時に、Tさんと同じく、自分で自分のやりたいことが分からなくなってしまい、やりたいことリストを作成したことがありました。
その当時は、他人軸で自己否定が強かったので、無意識のうちに、「会社から評価されること」や
私は子どもがいるので、「母親としてやったら素敵だと言われていること」ばかり羅列し、
全然行動に移せませんでした。
そこで、
他人から見て意味がないと思われそうなことや、自分で「将来何の役にも立たない」と思っていること、
他にもやってる人がいっぱいいること等も含めてやりたいことを見直してみました。
すると、私が心からやりたいことは
「沢山寝たい」「旅行に行きたい」「漫画を読みまくりたい」「徹夜でゲームがしたい」「一人で静かに過ごしたい」で、
自分の才能の有無や、他人の実績に関係なく、実行できることばかりでした。
(「会社から評価されること」や、「母親としてやったら素敵な事」はやりたくない訳ではありませんでしたが、結構優先順位が低いものでした)
こういった経験から、Tさんのやりたいことも、「心から」やりたいことなのかなぁ?と思って質問した次第です。
カウンセリングであれば、こういった質問をしながら、お話を伺っていくと思います。
今回のご相談では、Tさんの「他人軸」や「自己否定」というところに着目して、これらを癒す方法についてご提案してみます。
すでに取り組んだことがある内容もあるかもしれませんが、気になったものがありましたら、一つでも試してみてくださいね。
1.どんな自分もOKだと思う習慣を身に着ける
世間一般的に良いとされている行動をとったり、ポジティブな感情を感じる自分にOKを出すのは比較的簡単だと思うのですが、
世間一般的に悪いとされている行動をとったり、ネガティブな感情を感じる自分にOKを出すのは難しいのではないでしょうか。
例えば「一人で静かに過ごしたい」というのが素直な感情の場合でも、
「一人が好きなんておかしい」など、否定的に見ようと思えばいくらでも見られると思います。
でもそこであえて、
「今日の私は一人で過ごしたいんだねぇ。昨日は騒がしい所にいたから疲れたんだね。」
「今まで他人のために頑張ってきたから、今は自分を大切にする時間が欲しいよね。」
という風に、感情を認めていきます。
また、「一人が好きなんておかしい」と否定したくなる自分のことも
「そっかー、そういう風に思うんだねぇ。」
と認めてあげます。
これを繰り返していくうちに自己否定する癖が減って、どんな自分でもOKだと思えるようになってくると思います。
2.自分軸確立のためのアファメーション
自分のやりたいことと、他人の期待に応えるのは別物であること、
また、他人の期待に応えるか応えないかの選択権は自分にあることを意識するため、
こんなアファメーションを考えてみました。
「自分のやりたいことは自分のやりたいこと、
他人の期待は他人の期待。
他人の期待には応えてもいいし、応えなくてもいい。
自分は自分のやりたいことをやる。
自分は自分のやりたいことをやって、幸せになる。」
日々の日課として手帳に書いたり、スマホのメモに書いて読んでみたり、
何かをやるかやらないか迷ったときに思い出してみてください。
+αのご提案:イメージワーク
Tさん自身が感じていらっしゃるように、
自分の気持ちよりも他人の評価を気にしてしまうことや、自己否定が強くあるということでしたので、カウンセリングさせていただく機会があったら、
「自分の素直な気持ちを自分を認めて、受け入れる」ためのイメージワークをご提供したいなぁ、と思いました。
イメージワークはちょっと特殊な技術でもあるので、詳しくはカウンセリングの中でお伝えしたいなぁ、と思います^_^
これらのワークに取り組んでみて、「そういえば、他人軸や自己否定が落ち着いてきたなぁ」という頃に、再度「やりたいことリスト」を書いてみてはいかがでしょうか?
今のリストによりワクワクして取り組めるかもしれませんし、今と全く違うリストが出来るかもそれませんよ。
>仕事でも基本的にイエスマンで出来ないことでも出来ると答えたり、人の期待に応えるためだけに働いていた
>「誰かの役に立たなければ自分の価値がない」という意識がある
というところから、Tさんは相手の方の要望に合わせてあげようとするくらい優しくて、人の期待に答えようと努力できる、頑張り屋さんの方なのかなぁ、と想像しました。
また、
>「始めるからには出来る作品は妥協せず素晴らしいものでなくてはいけない」
という観念もなくなりません。
というところから、作品作りへの強い情熱を感じました。
また、誰かから依頼を受けて作品を作ることがあれば、依頼者の要望を上手にくみ取って、素晴らしい作品を作り上げる、というように活かすこともできるのではないかと感じました。
私は、PixivやTwitterで公開される漫画や小説を読み、イラストを眺めるのが三度の飯より大好きです。
Pixivというイラストや漫画・小説等の投稿・閲覧できるサービスでは、Tさんの気にされている閲覧数や、「いいね」の数が公開されていて、私は、自分好みの作品を探すときに手掛かりの一つにしています。
ただ、閲覧数や「いいね」の数は、必ずしも作品の良し悪しにはつながらないと感じています。
何故なら、閲覧数や「いいね」の数が少ない作品の中にも、私にとっては「最高にエモい」「ずっと心に残る」と感じる作品があるからです。
私は、そういった作品の作り手さんが、何らかの事情でPixivから作品を削除されたり、活動を停止されると、「うわー、公開終わってる」「新作、読んでみたかったぁ」と、残念な気持ちになります。
(もちろん、私の勝手な気持ちなので、作り手さんがそれに応える必要は全くないです^^;)
きっと、Tさんの公開された作品を見た方の中にも、そういったファンの方がいるのではないかと思います。
Tさんの心の中を改めて探ってみて、「やっぱり私は作品作りが好き!」と感じるなら、作品作り・公開を続けていただけると嬉しいです><
Tさんが作られている作品が漫画や小説なのか、それとも絵やイラスト・写真、はたまた音楽や動画、それ以外なのかも分からず、熱く語ってしまいました。すみません。
Tさんが自分自身の心をまっすぐに見つめ、心からやりたいことが見つかりますように^^
***
心と体をゆっくり休めてまた、お会いできたら嬉しいです。
それではおやすみなさい。
しゅうこ。
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