家‌族‌に‌つ‌い‌て‌考‌え‌る‌ワー‌ク‌ ‌父‌の‌こ‌と‌

みなさんこんばんは。

カウンセラーになるための勉強中の「しゅうこ」です。

このブログでは、【3ヶ月先まで予約のとれないカウンセラー 根本裕幸さん】

心理カウンセラー根本裕幸オフィシャルブログ
3ヶ月先まで予約の取れない心理カウンセラー根本裕幸(ねもとひろゆき)が結婚、恋愛、ビジネス、家族の問題を心理学で解決。

が提供されている「お弟子さん制度」で考えたこと、学んだことを、私なりの言葉でお伝えしていきます。

(このブログでいうカウンセラーは2019年に国家資格になった公認心理師や、民間団体が行っている心理系の資格を持つ方々ではなく、広い意味のカウンセラーを指しています。)

 

3月になりましたね。

私の住んでいる地域では、午前中、春一番の嵐でした。これから暖かくなりますね。

嵐の日は普段聞こえている飛行機や電車、車の音が聞こえにくくなり、静かに感じます。

過去を思い出しながらブログを書いたり、ぼんやり雨の降る様子を眺めたり。

一人時間を満喫するには、良いお天気です。

 

昨日の夜は子どもと寝落ちしてしまい、ブログをお休みしました。

ブログ筋を鍛える筋トレ中なのに、休んでしまって悔しいorz

ですが、筋トレと一緒で、休息日があったほうがブログ筋も成長するはず!

と信じて今日からまた頑張ります。

 

〇家族について考えるワーク

今夜から、「家族について考えるワーク」に取り組んで考えたことをご紹介します。

このワークには

・家族の源家族のことや、生きてきた時代背景、環境等も含めて考えることで、家族の行動や感情がより深く理解できる

・家族と自分との関係を見つめなおせる

・家族のことを振り返ることで、自分が家族から得られたこと、学んだこと、感謝できることを見つけることができる

・家族の問題の中から、自分の才能・魅力を見つけることができる

といった効果があるそうです。

苦しかったこと、悲しかったこと、寂しかったこと、つらかったことほど自分の才能を教えてくれそうな気がします。

(消化できていないことを振り返るのはしんどいですけどね。自分にとって大事そうなことだから頑張れそうです。)

 

〇家族紹介

家族個人については話す前に、私の源家族について簡単にご紹介します。

【家族構成】父・母・兄(私より1歳年上)・私の4人家族

【職業と家族の5つの役割※のポジション】

※家族の5つの役割~組織・グループの問題解決に役立つ視点~

各用語の意味は以下のHPを見てみてください。会社の組織などにも当てはめられて面白いです。

家族の5つの役割~組織・グループの問題解決に役立つ視点~ | 心理カウンセラー根本裕幸
* 家族や組織などの人によって構成されるグループは、そのメンバーがヒーロー(ヒロイン)、犠牲者、傍観者、ヒール

 

父:会社員⇒退職/ヒーロー(リーダー)・ときどきヒール(問題児)

母:専業主婦/犠牲者(我慢する人)・ときどきチャーマー(ピエロ)

兄:学生⇒会社員⇒公務員⇒休職⇒会社員(?)/ヒール(問題児)・ときどきチャーマー(ピエロ)

私:学生⇒会社員/傍観者(見てる人)・ときどきヒール(問題児)

 

家族の5つの役割を表にすると多分こんな感じ。

(例:父から見ると母は犠牲者・ときどきチャーマー)

見られる側
見る側 犠牲者

チャーマー

問題児 チャーマー

傍観者

ヒーロー

問題児

問題児

チャーマー

犠牲者

傍観者

ヒーロー

問題児

犠牲者 傍観者
ヒーロー

問題児

犠牲者 ヒーロー

問題児

↑ポケモンのタイプ相性表みたい。

 

〇父のこと

さて、ようやく本題です。

私の父は昭和30年代初めの生まれです。父の源家族は母(私の祖母)、妹(私の叔母)の3人家族です。父の父(私の父方の祖父)は父が小さいころに亡くなっており、小さい頃は親戚の家に預けられて育ったようです。詳しい話を聞いたことはありません。

地元の商業高校を卒業した後、茨城の会社で2年働き、その後故郷の鹿児島に戻って約40年、車の販売店で経理や人事の仕事をし、昨年退職しました。会社での父は難しい役をやっていた印象で、資金繰りのために銀行と折衝したり、会社の業績が悪かった頃にはリストラを行う側の仕事をやっていました。苦労した甲斐あって会社の幹部にもなりましたが、最後の数年は自身の病気や経営者の代替わりにより閑職についたようでした。最後は母のために、心身に鞭打って会社に行っていた印象です。

父の趣味はゴルフ・釣り・卓球で社交的なタイプです。

家での父はきちんとお金を稼いで家に入れてくれる、冠婚葬祭を取り仕切る、大事な場面では家族をリードしてくれるなど、頼りがいのある人でした。母とは職場結婚。毎年結婚記念日と母の誕生日にお花を渡したりする人でした。ときどき外食したり旅行に行ったりと家族サービスもしてくれていました。

私に対しては、小学校に上がるまではメロメロでスキンシップが多かったですが、私の成長に伴い私が嫌がるようになって、スキンシップは終了。私の反抗期には衝突もありましたが、比較的フラットな態度で接してくれていたように思います。

今思い返すと、私は外見も性格も父にそっくりなのと、父から見ると異性の子どもということもあって、かわいかったのかもしれません。

 

そんな良いところがある一方で、父の中には強い「理想主義」「正解主義」があり、家族が父の考えに合わないことをすると、正論を振りかざして攻撃を仕掛ける人でした。

私の出身地の鹿児島は男尊女卑が強い地域ということもあり、父が30代の頃は

・「女は家庭にいるべき・妻を働かせるなんて恥ずかしい」という観念から、生活が苦しくても母がパートに出ようとするのに断固反対する。

・「男の子は強く、たくましくあるべき」という観念(これは父に限らず、地域全体で超×100強力な考え方。泣いたり怖がったりするとすぐ「やっせん坊」(鹿児島弁で「弱虫な男の子」という意味)と全人格を否定されるのです。気弱な男の子は本当かわいそう。)から、子供の頃の兄が泣いたり、怖がったりするとすぐ怒鳴る。何かうまくできないことがあっても怒鳴る。

といったことをする人でした。特に兄への言葉の暴力が強かったように記憶しています。

また、頑固で人の話を頭ごなしに否定するところがあり、母は困っていました。(これは今も継続中のようです。)

 

その結果、父が40歳を超えた頃には

・母と兄は、父に怯えて言いたいことが言えなくなる

・母は、父に(反対)意見が言える私を調整役に使う

・母は、父から子どもへの攻撃をできるだけなくすため、会わないように生活させる

ようになりました。

これは、兄が高校を卒業して家を出るまで続いていたように思います。

 

私が父自身に対して強く嫌だと思ったことはありません。(忘れているだけ?)

が、父に関することで一番嫌だったのは、「母から父への要望を代わりに伝える役」をさせられることでした。

母は父に対して些細なこと(電球を変えてほしいとか、今度の旅行は父が行きたいところではなく別のところに行きたいとか)すら言えず、

「お母さんが言ってもお父さんは聞いててくれないから、しゅうこちゃんが代わりに言って。お願い。」

と私に頼むようになりました。

私はそれを聞いて

「何で家族なのに、父は母の言うことをちゃんと聞いてあげないんだろう。何で母は、自分の言いたいことも父に言えないんだろう。」

と思っていました。ですが、母を助けたい気持ちもあって

「何で私がこんなこと言わないといけないんだろう。」

と思いながら、時に父にストレートに、時に父をけなしながら(○○くらいやってよ、ばっかじゃないの?など)、父に要望を伝えていました。

私を通じて母の要望が受け入れられるようになると、母はたびたび私を「父に要望を伝える役」として使うようになりました。

 

人によってはこのことを何の問題もなく感じるかもしれません。

しかし、私は「気が強くてしっかりした娘」の役を演じさせられていると感じるようになりました。また、相手を信頼して話ができない家族関係に、苛立ちやくだらなさを感じていました。

本当は家族みんなが心を開いて優しく話し合える家族がよかった。

本当は子供らしく、両親の前で気を遣わないで過ごしたかった。

当時はうまく言葉にできなかったけど、そんな気持ちだったんだと思います。

 

私は小学校高学年には反抗期を迎え、夜遅くまで塾に入り浸ったり、家にいても自分の部屋にこもって漫画を読んだりすることで、次第に家族から距離をとるようになり、傍観者のポジションにはまっていくのでした。

 

〇父のことを考えてみた感想

父のことを考えたことで、こんな気づきがありました。

・父は父の源家族でも、父自身の家族でも、職場でも「リーダー」をやってきた。

⇒誰にも頼ることができず、孤独を感じていたかも。

⇒過去の経験から「リーダー」としての自信を持ちすぎて、人の話を聞くのが苦手になったのかも。

⇒しっかりした「理想」「正解」「観念」が自分の中にないと、私が子供だった当時は「リーダー」をするのは難しかったかも。

 

・父は兄の「弱さ」を攻撃していた。

⇒父自身も小さいころ親戚に育てられていた時に、「弱さ」を攻撃されてきたのかも。

⇒父は兄をどう勇気づけたらよいか分からなかったのかも。

⇒父は父自身の弱さを嫌っていたのかも。

 

・父は家族サービスを頑張っていた

⇒私が子どもだった当時は当たり前だと思っていたけど、仕事で大きなストレスを抱えながら休みの日に家族サービスをするのは大変だったかも。

⇒父の態度は怖かったけど、父は父なりに家族に愛情表現していたのかも。

 

父のことを振り返ることで、私の中で父に対するイメージに「頼りがいのある、でもときどき怖いお父さん」から「家族のために必死で頑張ってきた、不器用なおっちゃん」が加わりました。

〇父との関係を振り返って気づいたこと、私の才能・魅力※

父との関係を振り返ることで、こんな「良いこと」に気づきました。

・父から「何もできなくても愛される」ことを教えてもらった。

・私には、強いもの(父親)に立ち向かえるタフさがある。

・私には、人と人の間を取り持つ力がある。

・私に、リーダー(父親)の懐に入るのがうまい。

・私には、人(母親)の要望を叶えてあげられる強さと優しさがある。

家庭での権力者だった父と比較的フラットで何でも言える関係を築いて来られたので、職場での権力者の上司とも同じような関係が築けてきました。

また、私なりの「理想」を掲げて努力する強さも受け継いだように思います。

 

〇家族について考えるワーク 1日目の感想

父にはあまり悪い思い出がないので、すんなり振り返りができました。文字として書くことで客観的になれる、気づくことが沢山あるなど、面白いワークです。

明日は「家族について考えるワーク 母のこと」をお話しします。

母と母の源家族は、一緒に過ごす時間が長かった分、嫌な思い出がたっぷりあります。

長くなりそうです。

 

心と体をゆっくり休めてまた明日、お会いできたら嬉しいです。

それではおやすみなさい。

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